−中国一人旅−
 

5日目 天安門広場、前門、寝台列車で洛陽へ

<まおメモ>

 旅程・・・ユースチェックアウト後、天安門広場へ。徒歩で前門。お茶を飲み休憩。昼食後、ユースでシャワーを浴びてから、民族飯店へ。友人アッコと落ち合い、北京西駅から寝台列車で洛陽へ。
 本日の出費、337元(\5,055)。
 

 アッコとの約束は19:30、民族飯店というホテルのロビーで落ち合うことになっていた。船がディレイでもして、来なかったらどうしようという気がしたが、ま、それならそれで待ってるからいいやとあまり深く考えることはなかった。お気楽な性格で大助かり。

 さて、今日は気合いを入れて天安門広場へ行くことにした。天安門といえば、「天安門事件」。私の友人の旦那さんもそれに参加しており、以来国から身を追われている。とても思い入れがあったので、じっくりと浸りたいと思ったのだ。天安門に上ると、周りは中国の修学旅行生だらけ。人が多いのと、あまりの暑さで倒れそうだ。コンクリートを敷き詰めた天安門広場は、飛んでいる鳥が焼け落ちるというような話も聞いた。それくらい暑い。とても浸っていられないと、それでも広場を南下する形で横切り、前門(中国の浅草??)にたどりついた。前日、田中ヒロ君に「中国チックなおみやげ屋などがあるよ」と聞いていたからだ。目的はおみやげではなかった(今買ってもバックパックに入らない!)。ガイドブックによるとおいしいお茶が飲めるらしいのだ。前門の名店・張一元茶荘の二階の窓際が、喫茶コーナーになっていた。一階と二階の奥はずらりと何百というお茶が並んでいる。白菊のお茶は5元(\75)。ガラスのコップにお湯を注ぎしばらくすると、白菊がゆっくりと花開いた。美しい。外の喧噪を忘れ、ゆっくりとお茶を味わった。このときから中国茶の虜になった。お店で白菊のお茶を買った。他のお茶屋に比べ値段も安かったことが後から分かった。良心的なお店だった。

 散歩を楽しんだ後ホテルに戻った。すでにチェックアウトしていたが、預けていた荷物を受け取り、シャワーを浴びせてもらう。今日は寝台列車で一泊。何としても汗を流したかったのだ。すっかり気持ちよくなり、中庭でくつろぐ。インターネットで母に「洛陽にネットカフェがあるか分からないので当分連絡できない。心配しないで」とメールを打った。北京では北朝鮮からの亡命一家が日本の領事館に駆け込むという事件が起きていただけに、心配していたからだ。


天安門広場・・・天安門といえば「文化大革命」と思ってしまいがちな私。つい10年ほど前には「天安門事件」がありました。やっぱり、ここは中国の象徴でしょうね。
天安門。毛沢東の肖像画が掲げられ、中は中高の修学旅行生であふれていた。 天安門広場。天安門から。手前のつぶつぶが人。どうしたらこの巨大さを分かってもらえるだろう?? 前門の名店・張一元茶荘の喫茶コーナー。お茶を注文すると、お菓子も出してくれる。
寝台列車。中国大陸の長距離移動には欠かせない存在。鉄道は中国語で「火車(ホウチャー)」という。 北京西駅から鄭州。漢字が違いますね。この字がさがせなかったの。 「硬臥」と呼ばれる、寝台車両。3段ベットになっていて、それがずらりと何両も続いている。

 19:40、無事に民族飯店でアッコと落ち合う。20:00に旅行社の人が列車のチケットを持ってきてくれた。いつも中国のツアーでお世話になっている会社だ。21:00には駅に到着し、改札が始まるのを待つ。夜はかなり冷え込む。改札前は列車を待つ人々であふれんばかりだった。21:30前から改札を始めた列車は、22:30に出発した。3段ベットが左右にくっついているもので、「硬臥」と言われるタイプのクラスだ。3段ベットの下段。中段のおばさん・おじさんがとても窮屈そうだったので、ベットを変わってあげたらとても喜んでくれた。いろいろとおしゃべりしているうちに、開封に来いという。奥さんがお医者さん、旦那さんは警察官。一瞬行きたくなったが、時間もそうないので、あきらめた。

 中国の寝台はどんなものだろうと心配していたが、ベットは快適だし周りもちっともうるさくなかったので、ぐっすりと眠った。以前イタリアのローマからフランスのニースまで寝台列車で移動したときは、コワモテのおじさんたちに囲まれて小さくなって寝たなあ、と懐かしく思い出した。6:30には鄭州につく。6:00にアッコに起こされ、下車の準備を始めた。


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