地獄の地中海

地中海が、嫌いだった。

私が船上で添乗員として働いていた頃、必ず通ったのが地中海だ。
地中海には魅力的な寄港地がたくさんあり、お客様の期待度もかなり高い。

エジプトのポートサイードから始まって、イスラエルはハイファ、遺跡の町アテネ、アドリア海の真珠・ドブロブニク。イスラエルから北上すればイスタンブール、西に進めば南にチュニジア、北にシチリア、マルタ島。メッシーナ海峡の間を縫うようにさらに北上すると、そこはローマの海の玄関・チベタベッキア。さらに西へ行けば南フランスの美しい寄港地が連なり、バルセロナまで一気に旅が盛り上がる。

そんなすばらしい寄港地が盛りだくさんの地中海が、私は大っ嫌いだったのだ。

船は大抵シンガポールからインド、あるいはスリランカを通過してケニアから紅海へ入り、スエズ運河を超えてエジプトのポートサイードへ入港する。ケニアの直前くらいから私の体は硬直を始める。これから地獄の地中海が始まるのだ・・・、そう思うとそれだけで吐き気とめまいがした。

 

なぜ地中海が嫌いなのか?

それには大きな理由がある。
単純に言うと、国の数が多すぎるのだ。ポートサイードを夜中に出航しても、朝にはイスラエルに入港してしまう。
私は添乗員でもあり、全乗客の出入国手続きを一手に引き受けるパーサーでもあったので、その準備は想像を絶するものだった。

船がきらめくインド洋を航行している間、私はアフリカ大陸に向けて黙々と準備を進める。モルディブやマダガスカルといった、ちょっと曲者の出入国手続きが待っているからだ。その準備が終わると、次はケニア。ケニアは一週間のサファリツアーなどに出かけるお客様が多数おり、そのほとんどは再びエジプトで合流する。船が紅海・スエズ運河を航行する一週間の間に、タンザニアやケニアのサファリを満喫して、飛行機でエジプトへ移動し再乗船するのだ。お客様がタンザニアに行くためにはビザを取得せねばならない。乗船者の大多数が一泊二日のサファリツアーに行く中、寂しくモンバサのタンザニア大使館に通ったものだ。100通近くのパスポートを持って・・・。

その処理が終わると、直ちにエジプト入港の準備。ここもかなりの曲者で、たくさんの国籍の人々を多く乗せていたこの客船が通るのは容易なことではなかった。書類が多い上に、難癖をつけられることが多々あった。

とあるゲストはヨルダン国籍、エルサレム生まれのパレスチナ人。スパイ容疑をかけられ、結局彼を下船させることは出来なかった。彼はここで下船し、カイロから飛行機でギリシアへ向かう予定だったのだ。信じられないことだが、生まれがエルサレムというだけでテロリスト扱い。くやしくて腹が立ったが、なすすべもない。理不尽な壁にぶちあたることがエジプトに限らずたくさんあった。

ようやくエジプトを出航すると、その6時間後にはイスラエルのハイファに到着する。エジプトでは全員がパスポートを携帯せねばならないことになっており、パスポートを全員分回収するにも一苦労。その回収した800通近くのパスポートを、今度はアルファベット順に並べ替える。イスラエルの官憲に提出している乗船名簿がアルファベット順になっているからだ。そしてそのアルファベット順に並んだパスポートに、事前に用意してあった入国カードをはさむ。入国カードは前日徹夜でプリントアウトしたもので、一人一人の名前やパスポート番号、生年月日等が入っているから、きちんとパスポートの名前とカードの名前を確認しながらはさまねばならない。

そんなことをやっていると、あっという間で夜が明ける。気がついたら大抵入港1時間前で、イスラエル官憲がどっさりと手続きのために乗船してくるのだった。

パレスチナを支援しているような団体はけしからん、ということだろうか、これまたイスラエルの出入国手続きは本当に大変だ。
アレコレと難癖をつけられるので、粗相の無いよう、スタッフ全員に緊張が走る。何か問題が生じた場合、ツアーの出発が遅れる原因になりかねないからだ。何とか難関をくぐり抜け、乗客がツアーに出かけてしまった後はバタッとベッドへ倒れこむ。かれこれもう2日は寝ていない・・・。イスラエルに一泊するから助かったようなものの、これで翌日ギリシアだったらどうなってしまうのだろう??

そんな私の、お客様が船内を出払っているときの唯一の楽しみが、メインホールでチェロを弾くことだった。
普段は気づかれないようにこっそりと部屋で弾くことしか出来ないが、誰もいない船内であれば自由に弾くことが出来る。楽器をガーガーと弾いていると、いつの間にか居残りのほかのスタッフもやってきて、バンドを結成したこともあった。

地獄の地中海はまだ入り口に過ぎず、この調子で航海は続く。

イスラエルの次はギリシアで、初めてEU内に入ることになる。EU内の移動はとても楽で、例えばギリシアで書類を提出すれば、最後のEU国まで何もしなくていいのでとても助かる。EU万歳!という感じだ。そこに国境の壁はないのだった。

しかし、現実はそうは行かない。ギリシアの次は大抵EU加盟国ではないクロアチア、そして次はEU加盟国のイタリア。その次はおとなしくスペイン・バルセロナに行けばいいものを、これまたEUではないチュニジアに寄港したりするのだ。

かくて、EUの恩恵を受けることが一度もないまま、書類を作り続けて地中海は終わるのだった。

地獄の期間は約二週間、その間に体調も性格も悪くなって、大っ嫌いな自分が出現する。

いっぱいいっぱいで、精神不安定な女が誕生するのだ。
そんな私を追い詰めるかのように、信じられないような事件があちこちで勃発。
一時は紺碧の地中海に身を投げたくなるが、何とか歯をくいしばり、仕事に身を投じる。

そんな私を最後に待ち構えているのは、地中海と大西洋を結ぶ、ジブラルタル海峡。海峡のイギリス側(スペインの一番南、ジブラルタルはイギリスの領土、モロッコ側はスペイン領土なのだ!)では、風を受けて白い大きな風車が回り、運がいいとイルカに遭遇することが出来る。

ジブラルタルのイルカたちに会うたびに、ようやく地獄が終わったのだと、実感する。

よくやったね、がんばったね。また会おうねと、なぐさめてくれるのだ。

ジブラルタルを出て、大きな大西洋に船が漕ぎ出すと、私の胸は誇らしさでいっぱいになる。

地中海、最高じゃない、と。。


モドル

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