ノシベ入港 − マダガスカル 2002年1月20〜1月21日


 マダガスカルというと、やはり想像するのはワオキツネザルやバオバブの木だろうか。小さくみえるこの島は、実は世界で第4位の大きな島。日本の1.6倍もの面積を持つ。アフリカの一部であったものが、プレートにのってアフリカから離れ、アフリカ本土とは異なった進化をとげた不思議な島だ。入港したノシベは、そんなマダガスカル島の左上にある、マダガスカルきってのリゾート・アイランド。ガイドブックによると、インド洋のタヒチという形容詞でうたわれているらしいが、それにはかなりほど遠いカンジの所。え??リゾート?どこよ?と、とまどってしまうが、大自然と美しい海のある島だ。船上からもエイの大群(本当にびっくりした!)や、魚が群れているのを見ることができる。岸壁にはトロピカルな魚が泳いでおり、シュノーケルポイントで泳いだらさぞかし美しいだろうな、と思った。
 


 ノシベからの上陸は本船の通船(テンダーボート)で行われた。岸壁の深さが足りず、着岸させることができないので、沖に船を泊め(アンカリング)、そこからノシベ港へと小舟に乗り換えるのだ。出動したのは屋根・窓つきのボート9号艇と10号艇。一度に50人の人を運ぶことができる。海に張り出したポンツーンからテンダーボートに乗り移り、それで港まで移動する。アンカーポイントから港までは約15分。波もあまりない。

 船はアンカレッジポイントに5:30に到着した。まだ辺りは薄暗い。ここから現地官憲・シッピングエージェントがいつものように乗船してくる。ふと窓の外を見ると、パイロットボートというか、漁船にあふれんばかりに人々が乗り、こちらに向かってくるのが見えた。一瞬不安が頭をよぎる。ここは島国。しかもアフリカ。とくれば、仕事がゆっくりなのは目に見えている。ここでは各パスポートにいちいちビザを発行するとのことだったので、これから始まるであろう膨大な作業(と長時間の接待)を想像すると、めまいを覚えた。

 しばらくすると入国審査場となるドニエプルラウンジに、官憲が大勢入ってきた。漁船から人があふれんばかりだったハズだ。税関が二名、検疫が一名、警察2名、港湾局から二名、などなど。入管は8人も来てくれた。ウレシイことに、「ビザを一枚一枚発行していたら時間がかかるから、スタンプだけにしよう」と言ってくれた。ホッと胸をなでおろす。テンダーボートでの上陸は、ただでさえ時間がかかるのに、飛行機でムルンダバ(バオバブ街道などに行ける)へ移動するコースの人々を、さっさと入国させて下船させねばならなかったからだ。さすが8人!おしゃべりしながらでも仕事は進む。ムルンダバコースは120人もいたが、わずか30分ちょっとで終了してしまった。次は自由行動でホテルへの宿泊を希望している人々のパスポートの処理に入る。全てのパスポートに同じ処理をすればいいわけではない。ホテル宿泊希望者はパスポートを携帯せねばならず、そういった人々のパスポートには入国のスタンプが押され、それ以外の、船で預かっているパスポートには入国・出国のスタンプが押される。それを混乱無く進めるには、事前準備をきちっとやっておかねばならない。また、マダガスカルは黄熱病汚染地域なので、黄熱病の予防注射の証明書も提出しなければならない。モンバサ〜ノシベ間はたった二日しかなかったので、こういった処理を全て行わなければならず、ほとんど徹夜の状態で入港を迎えたのだった。

 スタンバイから3時間後の08:00、思った以上に早く全員の入国審査は終了した。あとは明日の夜20:00から出国のスタンプを押していない人の処理をするという。ありがとう、とお土産をわたして、彼らに朝食を食べさせ、テンダーで陸に戻っていくのを見送った。さあ、ここからは自由な時間だ。

 といっても、明日の20:00まで自由な時間という訳ではない。寄港中は様々なことがある。事故にあって緊急連絡先に電話が入ってきたり、突然ゲストが来たり、お客さんが盗難にあって飛び込んできたりといろいろだ。その為、何人かは船に残っているようになっている。船残りはツアーの添乗に行かない人々でローテーションを組む。船残りの人々でツアーを出してから今日一日のスケジュール確認(何時にどのツアーが帰ってくる、現地の団体が何時にお昼を食べに来る、など)を行い、解散。あとは自分の割り当てられた時間に事務所にいればいいのだ。



 自由な時間になると、まずは昼寝。大抵ほとんど睡眠を取っていない状態で入港するので、一仕事終えてからベットに倒れ込むのは最高に気持ちいい。それから食事。本船からあまり離れられない私には、現地での食事が最大の楽しみなのだ。しかし、マダガスカルの食事は、屋台等でつまみ食いすると必ずお腹を壊すとのこと。屈強なピースボートスタッフが言うのだから、相当だろう。現地の屋台等では食べない方がいい、なんてここくらいだ。以前忠告を守らずについ食べてしまったときは、40度近い熱が出たものだ。そんなわけで、最大の楽しみは奪われた。ホテル等で食事をする分には全く問題ないということだったが、そんなお金はないのだった。仕方なく、一睡してから何人かと海岸まで行くことにした。
ワオキツネザルらしきモノ。

 ノシベ最大のリゾート、エル・ヴィラ。そこがテンダーボートの付いた港で、最大の街だった。しかし、あまりの素朴さに驚く。これで年間100隻もの外航客船がやってくるというのだから、さらにびっくりだ。岸壁の柵にパンサーカメレオンの姿がある。虫除けの顔料をぬった女達が、お土産をいれたかごを持って一斉に私達を囲む。名産はシャネルの香水の原料にも使われている"イランイラン"のオイル、カカオ(70%含有チョコが売ってる!)、バニラ(世界最高の品質らしい)など。女達は色とりどりのカンガ(カラフルな布)を身にまとってそれらの商品を一生懸命売っている。「明日買うよ」というと、「明日は学校があるからダメだもん」と言いかえされる。そんなやりとりを後目に、タクシーに乗って海岸へと向かった。海岸までは車で20分くらい。高級ホテルが並んでいるということだったが、「どこにホテルが??」と、?マークが10個くらいついてしまう、これまた素朴な海岸で、海にも入ってみたが海草が芝生のようにもりもり生えていて、あまり気持ちよく泳げるようなところではなかった。一緒に行ったのは看護婦さん、レストランスタッフだったので、仕事の関係上一時間弱で帰船せねばならなかったが、海岸で久々に日光浴をした。



 翌日は、ツアーでいくレストランに行った。というのも、前日もそのレストランでツアーは食事を取ったのだが、真っ赤なマングローブガニが食べ放題、その他新鮮な魚介類が食べ放題だった、というのだ。その日は二人分定員に達していなかったのに、すでにホテルに食事代を前払いしてあったため、もったいないので食事だけしてこよう、ということになった。
マングローブガニ、食べ放題!!ステキ・・・

 レストランは、なんと昨日訪れたひなびた海岸の外れの方にあった。なるほど、高級ホテルだ。ホテルは平屋作りで、緑がきれいでこぢんまりとしている。食事は最高だった!マングローブガニと言ったら、滅多にお目にかかれない高級ガニだ。かたーい甲良にぎっしりと身が詰まっている。ツアーのお客さんもそれは満足しているようだった。食事が終わってから、本当は向かいにある小島に渡りたかったのだが、天候の関係で海が荒れだしたので、それは断念した。向かいにはノシ・コンベという島があり、そこでのシュノーケルも最高だったと、昨日ツアーで訪れたリーダーが言っていたので、ぜひ行ってみたかったのだ。それよりもテンダーボートが心配だ。急いでエル・ヴィラ港へ向かうと、案の定テンダーボートは立ち往生していた。波が高く、テンダーから本船に乗り移るのが危険な状態だという。風が正面から吹いているので、船の位置をずらしているところだった。炎天下の中、土産屋の喧噪にぐったりしながら、日陰もないので一時間弱立っていた。そのうち、乗船の許可がおりて、再びテンダーボートが運行を始めた。帰船したころにはすっかり暑さに参っており、もう一度寝てしまった。

 予定では20:00から出国審査ということだったが、入管は19:00頃にやってきた。まだ出国スタンプを押していない自由行動者とムルンダバツアーに行った人々のパスポートに出国スタンプを押すためである。そのためには彼らのパスポートが時間までに戻ってきてもらわねば非常に困るのだが、何度言っても遅れて返す人がいるのだった。全ての処理が終わったのは結局帰船リミット21:00過ぎ、定刻より少し早めの21:40に出港した。

モドル

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