第36回出航! − 東京 2001年12月25日・神戸 12月26日−

 ピースボート「第36回地球一周の船旅」は、2001年のクリスマスからはじまった。
 コースは南回りで、東京から出航し、神戸を経由して基隆(台湾)、ムアラ(ブルネイ)、シンガポール、ポートビクトリア(セイシェル)、モンバサ(ケニア)、ノシベ(マダガスカル)、ケープタウン(南アフリカ)、リオデジャネイロ(ブラジル)、ブエノスアイレス(アルゼンチン)、ウシュウアイア(アルゼンチン)、バルパライソ(チリ)、イースター島(チリ)、タヒチ(仏領ポリネシア)、アピア(サモア)、スバ(フィジー)、チューク(ミクロネシア)、東京、神戸。3ヶ月以上をかけてぐるりと、文字通り地球を一周するのだ。
 

 出航前日は、クリスマスイブだというのに、いつもと変わらず徹夜を迎えた。船の入出港に関わってもう6年。船での担当は「入国審査・税関審査・検疫審査」を問題なく、円滑にすすめること。乗客は650人もいるのだから、その作業は半端ではない。各国で提出する書類は山のようにあるのだ。それらを大抵こちらで準備する。海外旅行に行った時に記入したことのある人も多くいるだろう。パスポートのナンバーや名前、住所、時には「たばこは持っていますか?」「爆発物を所持していますか?」などが書かれた用紙。これが通称「E/Dカード」だ。入国時に全員分、650枚を全てデータ入りでプリントアウトし、用意する。サインが必要な場合は全員に配り、それを再び回収、パスポートに挟み込む。ひどいときは、出国時にも必要な国があるので、さらに650枚。その上、税関カードも別にあるときは、さらに650枚・・・。一カ国、合計2000枚近くの書類を用意せねばならないこともある。E/Dにプリントアウトされたデータは、もちろん個々で違う。それを一枚一枚確認しつつ、パスポートに挟み込む。その膨大な作業が、これからの船上生活3ヶ月、20カ国近くの国々で待っているのだった。

 12月24日の深夜にオリビア号入りした私は、翌日の晴海出港を控えて、準備に大忙し。ここは晴海埠頭客船ターミナルNO.1バース。作業しているバーからでも、すぐ横にきらめくお台場が見える。クリスマスイブなんて何のその、大勢のスタッフが夜通し働いている。12月23日に、前回のクルーズから帰港したオリビア号は、12月24日のクリスマスイベント終了後、ただちに明日からのクルーズの準備に取りかかった。乗せるものは膨大だ。3ヶ月分の米など食料、それにお客様から送られてきた荷物。さらにピースボートは援助物資を日本各地から集め、それをニーズのある世界各地に持っていくという援助活動をしているので、その物資も膨大だ。たまに、救急車やピアノといった大物もある。船ならではの援助活動だ。

 出入国も大事な仕事だが、もう一つの大きな仕事は、キャビンの調整。お客様からの乗船前のリクエスト、アンケート用紙などを元に、キャビンの確定を行っていく。9/11のテロ以降、一時期激減した参加者の数も、必死の営業で九死に一生を得、全室満室御礼という状態。大変ありがたいことなのだが、万一ゲストが途中から乗船してきたりした場合の予備部屋がほとんどない。その場合はここをああして、こうして・・・、そのテトリスのようなキャビン調整も、ようやく一段落し、ファイナルの乗船者名簿を作り上げる。コレが明日、日本出国の時に必要になってくるのだ。時計を見ると、もう朝の4時すぎ。1時間しか眠れない。ま、いつものことだけど、とため息をつきつつ、ベッドに潜り込む。一時間後にはスタンバイだ。

 翌12月25日、本船は定刻通り総勢447名を乗せ、大勢の人に見送られる中を出航した。ここでは日本出国の手続きはしない。この次の神戸で行うのだ。すでに記憶がないほど疲れ果てていたが、大変なのは明日の神戸での出国審査。今年7月から日本国籍の人々のE/Dカードの記入が不要になったことは、私の負担をかなり軽減してくれたが、仕事は入国審査だけではない。今日はお客さんの初乗船日、部屋が分からないなど、乗った直後からカウンターでは質問責めだ。うぅ、今日もご飯にはありつけそうもない。



 あけて翌日、本船は順調に日本を南下し、なんと神戸港に1時間前に入港してしまった。一時間も前に着岸できるとなると、乗客は大喜び。陸での時間が増え、神戸の街を少しでも楽しむことが出来る。しかし、私にとっては全ての予定が狂ってしまう、つらい出来事。14:00までにやっておけば良かったことが、13:00には全て終わらせねばならないからだ。今日はお昼にありつけるかも、なんてのんびり構えていた11:00頃、その旨が伝えられ、やっぱり食事はカットで仕事に取りかかる。着岸と同時に、晴海から乗船した人々の出国審査をはじめるためだ。それぞれのパスポートには乗客名簿(PASSENGER LIST、通称PL)にある同じ番号のシールを貼っておく。そうしておけば、官憲もすぐにどのパスポートが誰のモノか特定できるし、審査終了後の順番のぐちゃぐちゃになってしまったパスポートを簡単に並び替えることが出来、抜けているパスポートはないか、などのチェックにもすぐに対応出来るのだ。何せ650通。何をやるにもオオゴトなのだ。

 着岸と同時に、シッピングエージェント(船舶代理店。船の出入港を助けてくれる代理店)、税関職員を船内に迎え、すでに晴海から乗っていた乗客に下船の許可をだす。着岸は13:00、神戸からの乗客の入国審査は17:00からということで、晴海からの乗船客は一足先に、16:30には船内に戻ってもらうようアナウンスしていた。滞在時間はわずか4時間だが、誰もがうきうきとボーディングブリッジを降りていく。その行列を横目に、私は晴海から乗船の447通のパスポートを持って、入管のブースへと移動した。乗客が下船している間に、彼らの出国審査をやってしまうのだ。

 非常に協力的な神戸入管は、全部で5名。通常は1BY1(面通し)といって、一人ずつパスポートを手にしての出国となるが、そこは長年培ってきた信頼関係で、パーサーが預かりスタンプをするだけ、という手筈になっている。1つ1つにスタンプが終わった頃には15時を回っており、次は神戸乗船者の出国準備へと取りかかった。

 晴海乗船者はパスポートのみでの出国手続きとなるが、神戸乗船者は空港と同じ1by1形式。集合した乗船者は、チェックインカウンターを抜け、入管のブースに入り、空港と同じように出国手続きを行う。そしてボーディングブリッジを抜けて晴れてオリビア号への乗船、となるのだ。出国前は、海上保安庁のチェックが入るときもある。前回北朝鮮に行ったときは、キャプテンの部屋に呼ばれ、「北朝鮮に行く理由は?」「日程は?」などと細かく聞かれたことがあった。そのときの海保の職員は3名。全員ロシア語がぺらぺらで、「おおっ、ロシアとは国境を接しているのだな」と妙に納得したのを思い出す。

 16:30、晴海からの乗船者が全員戻ってきたのを確認してから、いよいよ神戸乗船の人々を迎える段階に入った。出国審査は17:00から始まったが、18:00にはほぼ終了。ところが、何人かがまだ港にあらわれていない。集合時刻はとっくに過ぎている。遅刻の連絡が入ってきたのはそのうち4人。19:30頃にはボーディングブリッジを切り離すなど、出港の準備に入らねばならない。連絡をくれた4人は何とか出港までに間に合いそうだ。「すいません、すいません」と頭をぺこぺこ下げ、入管と税関のみなさんに待っていただく。
 一人だけ、どうしても連絡がつかないオンナノコがいた。緊急連絡先や携帯に電話をするも、全くつながらない。19:30、もうこれがぎりぎりだと判断し、税関・入管のみなさんにお礼を言い、出港の準備に入った。ところが!その5分後にオンナノコがゆうゆうとターミナルに現れたと無線が入った!!聞けば電車みたいなカンジで、出港15分前くらいに港に着けばいいと思っていたとか(二時間前には集合をお願いしていたんだけど(^^;)。あと5分、早く来てくれていれば入管がいたのに!せめて連絡をくれれば良かったのに・・・。ブチブチ言ってもしょうがないので、シッピングエージェントに連絡をしてもらい、たった今去っていった入管を捕まえることにした。税関は幸い、まだブースに残っており入管が到着するまで待ってもらえるとのこと。そろそろボーディングブリッジを切り離さねばならない15分前。あわててタクシーで戻ってくれた入管にまたまた頭を下げ、全ての手続きを終え、船は慌ただしく神戸港を後にした。乗船者数649名。新たなる、地球一周クルーズのはじまりだ。


モドル

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